驚かせたいなら、次の質問を私(クリスチアネさん)にしてみて下さい。母親のあなたに聞きます。なぜあなたは息子が不良と関わる事を許しているのですか?また、なぜあなたは娘が不真面目な男子と付き合う事を許しているのですか?

もしあなたの息子がドラック中毒者になって、彷徨い、将来が暗い状況にいるとしたら、あなたは母親として何をしていますか?もしあなたが本当にいれば、息子はどん底陥らせるような事はしないと言い張るのは理にかなうと思えますか?また、娘が若いうちに妊娠して生まれた子供を放置しているあなたの娘はどうなんですか?もしその放置された子が両親がいない事を理由に反抗的な子に育ってしまったら?あなたはどうしますか?

私は、人々が自身の信仰の無さを言い訳する為に、悪魔に吹き込まれた言葉を使っている事にショックを受けています。まるで神様が悪いかのような言い方をします。

親がいないまま育った子にはもちろん何の罪もありませんが、その子が成長して、自ら親が始めた不義の連鎖で生きて行く事を決意しない限り、親の過ちがもたらす結果の代価を支払う事になってしまいます。ですが、そのような決意が取られる事はまれであり、その負の連鎖は続き、その子は神様の責任にしてしまいます。例えば、結婚相手を選んだのは自分でありながらも、結婚生活がうまくいかなかった責任を神様になすりつけたり、社長を信頼する事にしたのは自分でありながらも、無職になってしまった事や名の通り「自然災害」でありながらも、 その災害の責任を神様になすりつけたりします。また、自然自体が人類の行動に納得していると思いますか?

人は核爆弾を海で試したり、地上の層をいじったりしているのに、地震や津波を神様のせいにしようとするのは理にかなう事だと思えますか?さすがにそれは呆れます!

自ら蒔いたものは、自ら収穫します。なので、親が不義を行っていれば、そのような生き方をしなくても良いという事に気づくまでは、あなたがその実を収穫する事になります。気づけば、歩む道を選び、負の連鎖から抜け出して自分の為の新しい「連鎖」を築く事ができるようになります。その連鎖は、祝福の連鎖の事です。

神様は『見よ、わたしは、きょう、あなたがたの前に祝福と、のろいとを置く。』と申命記11章26節で仰いました。

つまり、全てはあなた次第です。
あなたは祝福とのろい、どちらを選びますか?
従いますか?それとも逆らいますか?

もしあなたの息子があなたからの注意に聞く耳を持って、あのガラの悪い人達と関わっていなければ、薬物に手を染める事もなかったはず、しかし、自らあなたに逆らう事を選び、今ではその行動の結果を受けています。この状況をみているあなた、母は、何もできないまま遠くで悲しみ、ひたすら祈り、断食をし続けるしかなくなってしまう。正に、神様の最も偉大で素晴らしい創造物(人類)に関しても同じ状況だと言えないのでしょうか?神様もまた、私達の周りに起きる卑怯な出来事で悲しみますが、同時に父として私たちに御自身の望みを強制的に押し付ける事はできません。神様は私たちの意思を尊重します。
神様に仲裁してほしいですか?そうであれば、神様の言う事を聞きくと決断して下さい!

また、申命記28章で神様はこの事について多く述べています。読んでみる甲斐はあります!

One thought on “なぜ神様はここまでの苦しみを許すのか?”
  1. kimie より:

    間違ったやり方で進むなら、必ず失敗してしまう。自分のやり方で、自分の考え方で進むなら、結果は破滅ですね。だから、聖書があり、教会があり、色んなグループがあり、人が失敗しないように神様は道を教えてくれてるんですね。従うか、従わないかで変わります。

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