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祝福を受けるか、祝福そのものになるか?

多くの人はものごとや人を、救いの上位に置きます。ある場合例えば、人々は仕事を、結婚を、友情を、そして神様との深い関わりの上位に望みを置きます。人々は頑固になって、頑固な人と頑張る人の間で区別があります。頑固な人は欲しいことを永久的に、それが神様のものでないと知っていても、後を追いかけます。だから神様の声を無視して、過ちを持ち続けます。頑張る人のほうは神様のものごとだと知っていて、それに粘り強いです。 神様の御心を通して頑張る必要があります。生きた供え物としてあなたの人生を差し出す必要があります。そうすることで、変化した人生を持つことができます。次のようにイエス様が言われた通りです。 「まず神の国と神の義とを求めなさい。そうすれば、これらのものは、すべて添えて与えられるであろう。」(マタイによる福音書6.33) 人が神様の御言葉に耳を貸すとき、自然な方法で人生にものごとが起こって、そしてその人は行ったことすべてで繁栄します。それが神様の望みです。人が祝福となることです。神様の望まないことは、人が区切りのある祝福を求めるのです。でも人が、祝福そのものになることを求めることが、神様の望みです。さらに聖霊様によって操縦された魂は、それを理解して、神様の御心の通りに祝福を望みます。 理解して欲しい重要なことは、聖霊様を受けると、もっと満たされて、魂が平和でいっぱいな人となります。もし人が祭壇の手順に従って、賢さのともなう信仰を使うなら、その人の人生で、神様の望んでいることを見ます。

命の水

「しかし、わたしが与える水を飲む者は、いつまでも、かわくことがないばかりか、わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠の命に至る水が、わきあがるであろう。」(ヨハネによる福音書4:14) 人が聖霊様によって洗礼を受けて、印をつけられたとき、嘆きと苦情、泣き言ではなく、その人の内に命が流れなる義務があります。人が聖霊様を持つとき、その人はつねに与えるためになにかを持っていて、なぜなら神様の御霊が内にいるからです。 もしあなたが聖霊様を持っていると言っても、人生が閉ざされてる、縛りつけられているなら、あなたはそこになにかの間違いがあります。人が聖霊様を持つとき、彼は空っぽで、嘆かわしい人となることは不可能です。もしくはいつも文句を言っている人や、他人に不幸と問題を伝える誰かでもないです。聖霊様を持つ人は命があります。 神様はマラキ書3:18で「その時あなたがたは、再び義人と悪人、神に仕える者と、仕えない者との区別を知るようになる。」と約束しました。だからこの区別がないといけないです。なぜなら彼が「わたしを信じる者の内側から、生ける水の川が流れ出る」と言ったようにです。あなたにどの川を流れていますか?霊的な人生であなたはなにをしますか? もし誰かが「くだらないこと」を言って、彼の話題はこの世のこととファッション、アーティスト、ドラマ、映画について言うなら、その人が空っぽだからです。聖霊様でいっぱいの人は神様の御言葉で溢れます。 誰かが疑いを伝える、またはいつも泣いていて落胆しているとき、彼は聖霊様を持っていないです。彼は牧師、監督牧師、伝道師、宣教師の服までを持っていてもいいですし、これらのまたはある肩書があってもいいですが、聖霊様を持っていないなら死の源です。 あなたが行う必要のあることは聖霊様を求めること、お祈りをして彼に委ねることです。なぜなら誰もあなたのために、それを行えないからです。神様の全部に持つために、あなたの全部を委ねる必要があります。神様はあなたの人生で、1 番目にいないといけません。

どのウイルスよりも残酷な病気

新型コロナウイルスのせいで世界中がパニックになっています。多くは感染して死ぬ事を恐れています。さらに経済状況にも影響が出てきているカオスの中で安心できる方法はあるのでしょうか? マセド監督牧師はこの状況だけでなく、どのような状況からも抜け出す秘訣を教えました。インスタグラムで投稿されたビデオの中で次の節を共有しました。 「…ダビデの子ヨセフ、恐れず妻マリアを迎え入れなさい。マリアの胎の子は聖霊によって宿ったのである。マリアは男の子を産む。その子をイエスと名付けなさい。この子は自分の民を罪から救うからである。」マタイ書1章20と21節 「今多くの人がパニックになっています。パニックや貧しい暮らし・地獄のような日々から免れるにはイエス様の御名を使わないといけません。これは神様の御名であり、地獄と悪魔を怯えさせます。この御名を使えば悪に耐えられ、信仰によって自分の権利を手にすることができます」とマセド監督牧師は言いました。 罪というウイルス 最後に監督は一つ付け加えました。どのウイルスよりも残酷な病気である罪について話しました。罪は身体を殺めるだけでなく、魂までも殺してしまいます。この病を完治する唯一の方法は間違いなく、主イエスの血です。 「いくら受けるべき立場ではないかもしれませんが、素直に御名を呼び、罪を認め助けを求めれば、イエス様はあなたを救い、すぐに解放されます」と終えました。

霊的な隔離

世界中に広まっているカオスを乗り越えるには、できるだけ早く隔離する必要があります。 つまり、いわゆる「クラスター」を避け、感染せずにこの状況を乗り越える必要があるということです。 健康を保つ(身を守る)かは私たちの行動次第とも言えます。また、霊的にも生き残る意味でも同じようなことをする必要があります。 私たちの霊的な面も「隔離」、つまり聖なる生活をする必要があります。 「…聖なる生活を抜きにして、だれも主を見ることはできません。」へブル人への手紙12章14節 今コロナウイルスへの対策が多く実践されているように、霊的な面でも同様に行われたらどれほどいい事か考えてみて下さい。 また、多くの人は医療機関からの注意には従っていますが、聖書のいう事は聞かず、いわゆる「クラスター」を避けずに、目が濁り(全てに欠点を見つけ)、悪事、憎しみ、愚痴、嘘など罪の「ウイルスに感染」してしまい、今となっては霊的に死んでいます! 聖書では手を清める重要性(詩篇18篇21節)だけでなく、何よりもこころを清める必要について書いてあります。これら全て主イエスの御言葉です。 「心の清い人々は、幸いである、その人たちは神を見る。」マタイ書5章8節 私たちのこころを清く保つのは区別と聖なる生活を行うことから来ます。 そうすれば、目に見えないものが見えるようになります。 だからこそ、和たちは常に霊的な隔離状態で生きていき、救いに邪魔をするようなもの・人から遠ざかって生きていかなければいけません。