「地は茫漠として何もなかった。やみが大水の上にあり、神の霊が水の上を動いていた。」創世記1:2

神様は不完全なものをしません。聖書には、悪魔と悪霊が天から投げ落とされたことが原因で、地球は虚しく、形もなく、水辺には闇があったと書かれてあります。

「地は茫漠として何もなかった。やみが大水の上にあり、神の霊が水の上を動いていた。」創世記1:2

神様は悪を認めません。動き、その状況を変える行動を起こします。
神様は悪魔が地球に与えた影響を見ていました。御霊が水の上を動いていたと聖書に書かれているほどです。つまり、神様は決して無関心ではありませんでした。しっかりとその状況を見ていました。

では、その状況を目の当たりにした神様は何をしたのでしょうか?

「神は仰せられた。「光あれ。」すると光があった。」創世記1:3

さて、神様はなぜ先に地球に形を与え、満たさなかったのでしょうか?
それは、神様は全てを完璧に行うからです。神様は必要なことから始めます。すなわち、神様が地球に形を与えたり、満たさなかったりしなかったのは、何よりも先に「光」が必要だったからです。そこで神様は御言葉を使って、光を創造されました。

人は神様が自分たちの人生を変える「義務」があると勘違いしています。神様に理想の夫、妻、子ども、財産、仕事など、とにかく自分たちの夢を叶えてほしいと思っています。

しかし、神様はあなたの思う通りに働いたり、私の思う通りに働いたりはしません。神様は私たちより遥かに優れている存在であり、私たちが先ず、「見える」ようになるため、光を使います。

光そのものは、完璧に行われるべきことを全て、細かく、見やすくします。人の人生に光が差せば、神様は形を与え、満たし始めます。

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