「金と祭壇」という本を読んだ牧師の経験を参照してください。
自分自身をさらけ出し、私の内側に住んでいた悪を発見した。
私自身と周りの人たちの恥になり、私は崩れ落ちました。
これ本を読み瞑想したことによって、私は深く傷つき、20年間の私の宣教生活を辞めようと思うぐらいでした。私は自分自身を彼の祭壇の中で奉仕することは全くできないと考えていました。
目で見える明らかな罪はありませんが、私の目で見ることができない魂の中に不純物があります。
私は祈り、泣き、叫び声をあげた・・・・
なので、私は決断をする必要がありました。
この本を読んで、自分自身の事を知らなかったと気づき、私自身に失望しました。
聖霊様が私に語ったことは、この本にも書かれていません。
実際には何者でもないのに、自分をひとかどの者だと思う人がいるなら、(決心した人)その人は自分自身を欺いています。 各自で、自分の行いを吟味してみなさい。そうすれば、自分に対してだけは誇れるとしても、他人に対しては誇ることができないでしょう。 めいめいが、自分の重荷を担うべきです。ガラテヤの信徒への手紙6章5節
新しい生き方、しもべ、夫になることを決めました。私は彼の祭壇の中で私の結婚と奉仕するのに一番よい年として生きる準備ができています。
私は、神様に毎日感謝をしています。
監督牧師、私達の面倒を見てくれて本当にありがとうございます。
フェルナンド ノバイス。