宗教や儀式、人に基づいていない、神様の御言葉に基づく超自然的な信仰以外この世で罪びとを救えるものはありません。
聖書でパウロはこう言っています。「事実、あなたがたは、恵みにより、信仰によって救われました。このことは、自らの力によるのではなく、神の賜物です。」(エペソ人への手紙2章8節)
つまり、恵は天から来るということです。恵は与えられるに相応しくない私たちに神様が与えてくださった御恩(賜物)です。そして、救いを得るには信仰を使わないといけません。
では、悪魔はどのようなことをしているのでしょうか?悪魔は信仰の力に影響をして(効力を)下げようとします。例えば、信仰によって生きる方法は難しいことだと知っているので、悪魔は聖書から言葉を都合よく切り取って、人が“教義”を言い訳にして自分の罪を正当化するように仕向けます。また、信仰を無効にできる疑問を投げかけたりもします。
「賢い信仰を使う」とは、教会に通ったり、集会に参加したりするだけではないということを理解する必要があります。信仰は、24時間犠牲をし続けるということ、毎日自我・肉欲・望み・夢を手放し、信仰によって生きるということです。
信仰を清く保つには罪から遠ざかり、悔い改め、信仰を再び使い始めないといけません。信仰によって“生きる”とは、“正しく生きる”ことです。神様がおっしゃった通りにしないといけません。
「わたしの正しい者は信仰によって生きる。もしひるむようなことがあれば、その者はわたしの心に適わない。」(へブル人への手紙/10章38節)。