いと高き神様の隠れ所
わが力なる主よ、わたしはあなたを愛します。 主はわが岩、わが城、わたしを救う者、 わが神、わが寄り頼む岩、 わが盾、わが救の角、わが高きやぐらです。 詩篇18:1-2 体と心と霊を神様に委ねる人は、素晴らしい所で守られるようになります。それは、いと高き神様の隠れ所です。救い主に属する者となり、誰もそこからその人を追い出す事はできません。
幸せを見つける場所
わが力なる主よ、わたしはあなたを愛します。 主はわが岩、わが城、わたしを救う者、 わが神、わが寄り頼む岩、 わが盾、わが救の角、わが高きやぐらです。 詩篇18:1-2 体と心と霊を神様に委ねる人は、素晴らしい所で守られるようになります。それは、いと高き神様の隠れ所です。救い主に属する者となり、誰もそこからその人を追い出す事はできません。
今日のメッセージを読んで考えてみて下さい。 「すべて世にあるもの、すなわち、肉の欲、目の欲、持ち物の誇は、父から出たものではなく、世から出たものである。 17世と世の欲とは過ぎ去る。しかし、神の御旨を行う者は、永遠にながらえる。」 ヨハネの第1の手紙2:16-17 私たちは神様と一緒に歩めるチャンスがあるから、悪は人間を妬みます。だから悪は誤った言葉の使用して、やっと罪を起こさせました。こうして人間、神様が築いた人間はパラダイスから(ルシファーのように)追い出されてしまいました。それからは貪欲、悪意な生き方をし始めました。 いつかこの世界は終わります。そしてイエス様の犠牲を受け入れなかった人は永遠に火と硫黄との池に投げ込まれます。しかし神様の思い通り従う人、そしてイエス様が供える救の杯を受ける人には永遠に救われます。
しかし、私たちは、私たちを愛してくださった方によって、これらすべてのことの中にあっても、圧倒的な勝利者となるのです。 私はこう確信しています。死も、いのちも、御使いも、権威ある者も、今あるものも、後に来るものも、力ある者も、 高さも、深さも、そのほかのどんな被造物も、私たちの主キリスト・イエスにある神の愛から私たちを引き離すことはできません ローマ人への手紙 8:37-39 神様の下で良心を保つクリスチアンは神様の存在が共にいる確信があります。安心感を感じ、信仰でいられます。難しい状況がきても落胆したり、恐怖を感じることはありません。強く耐えられるのは岩であるイエス様に根付く人です。
「主が苦しむ者の苦しみをかろんじ、いとわれず、またこれにみ顔を隠すことなく、その叫ぶときに聞かれたからである。」詩編22:24 神様は罪を犯した者を軽んじたり、嫌ったりしません。逆に、神様は罪人を救いたいのです。そして、神様の戒め(声)に従わなかったことを悔い改めている者を見つけると喜びます。 悔い改めている者が祈ったとき、神様の御座に届いて、聞き入られ、苦難から直ちに解放します。
神よ、あなたのいつくしみはいかに尊いことでしょう。人の子らはあなたの翼のかげに避け所を得、あなたの家の豊かなのによって飽き足りる。あなたはその楽しみの川の水を彼らに飲ませられる。いのちの泉はあなたのもとにあり、われらはあなたの光によって光を見る。」詩編36:7-9 主は慈しみ深いお方であるからこそ、義を求める人々を呼び集め、選びます。 義を求めるこの人々は、最も重要な、神様の存在を求めます。だからこそ主の家(教会)で求め、できるだけ主のもとにいるために、自らの人生や夢を犠牲にします。落ち込んだ魂を目覚めさせ、悪から解放する知恵に溢れる言葉で満たされます。祭壇で全てを委ねたとき、真の命と光を得ます。