Categoria: メッセージ

神の勇士ギデオンと300人|前編

ギデオンは果たしてどのような人だったのか? そして、なぜ神に選ばれたのか? ギデオンはヨアシュの末子で、マナセ族のアビエゼル氏族の中でも最も貧しい家族でした。 ➤ ギデオンは、神の民のリーダーとして選ばれそうもない人物に見えましたが、聖書によると、ギデオンが「…ミディアン人に奪われるのを免れるため、酒ぶねの中で小麦を打っていた(士師記6章11節)」とき、主の御使いが来たと書かれています。実は酒ぶねというのは風通しが悪い場所にあり、通常、屋外の広い場所で行われる麦打ちには不向きです。 ここまで読んであなたは、ギデオンが臆病だったからこそ隠れて麦打ちをしていたのではないかと思っているのかもしれませんが、この士師記全体を読んでいけばそうではなかったことが見えてきます。 ギデオンは当時のイスラエルが直面していた状況に不満を抱き、それ以上ミディアン人が自分たちが苦労して育てていた小麦を奪いに来るのを黙ってみていられないと思い、他の人々が洞窟の中で隠れて、いつか状況が変わるのをひたすら待っていた間、自分は何とかしなければいけないと思い、こうどうしました。 神は、他の人にはなかった「反抗」をギデオンが抱いていたことを見て、御使いを送り「勇者よ、主はあなたと共におられます(士師記6章12節)」と伝えました。しかし、ギデオンはその言葉にも疑問を抱き、「…主なる神がわたしたちと共においでになるのでしたら、なぜこのようなことがわたしたちにふりかかったのですか…先祖が…語り伝えた、驚くべき御業はすべてどうなってしまったのですか。今、主はわたしたちを見放し、ミディアン人の手に渡してしまわれました。(13節)」と訴えました。それほど素晴らしい神を知りながらも、昔話ばかり知っていて、実際には何も経験したことがない不満をぶつけました。 では、ここで考えてみて下さい。もしあなたがギデオンの立場だったら、天使に向かってそのような口答えができると思いますか?ではなぜギデオンはそう答えたのでしょうか? ギデオンはきっと、先祖に聞いていた話は本当で信じてきたけれども、自分の目では苦しみばかり見てきて、惨めな思いをしていたに違いありません。その感情を「反抗」と言います。彼は人や物にぶつけるのではなく、神にその反抗心をぶつけ、「なぜ」と聞き、どうするべきなのか示してほしかったのです。 そんなギデオンに神は、「あなたのその力をもって行くがよい。あなたはイスラエルを、ミディアン人の手から救い出すことができる。わたしがあなたを遣わすのではないか(14節)」と答えましたが、それでもギデオンは再度質問をしました。「しかし、どうすればイスラエルを救うことができましょう。わたしの一族はマナセの中でも最も貧弱なものです。それにわたしは家族の中でいちばん年下の者です。(15節)」 神はただ、「わたしがあなたと共にいるから、あなたはミディアン人をあたかも一人の人を倒すように打ち倒すことができる。(16節)」と答えました。つまり、信じる、それだけだと言いました。 ここまで読んでみて、どう思いましたか?あなたもこれまで長年抱えてきた「不満」があるのではないのでしょうか? 何年も同じ状況が続いていて、もう変わらない・できることはやり尽くしたとは思わず、ギデオンと同じようにまず、神に自分の不満を訴えましょう。そして、その状況を変えられるのは神だけであると理解し、認めたうえで、何をすればいいのか導きを求めてみて下さい。 次回、ギデオンのその後と神がどのようにイスラエルの人々を救わせたのかについて学びましょう。 もう少し詳しく知りたい方はぜひ、最寄りのユニバーサルで話しを聞いてみて下さい。 詳しい住所は、℡: 080-3219-4360 までお電話ください。

神様が使えない人もいます

神様はえこひいきをしませんが、中には神様が使えない人がいます。 神様は貧しい人・弱い人・罪人とでも働きますが、怠け者と状況に満足してしまっている人の人生には何もしません。 聖書にも確認できます。自分のために世界がうまく動くのをひたすら「寝転んで(何もせず)」待っていた人には神様が現れることはありませんでした。見本も山ほどあります。ダビデは羊の群れの面倒をみていて、モーセは義父の家畜の群れを世話し、イエス様に選ばれた弟子はついて区為にやっていたことを全て止めていた、つまり、仕事をしていました。 ギデオンもまたその一例です。神様が現れたとき彼は働いていました。 「さて主の使がきて、アビエゼルびとヨアシに属するオフラにあるテレビンの木の下に座した。時にヨアシの子ギデオンはミデアンびとの目を避けるために酒ぶねの中で麦を打っていた…」士師記6章11節 ギデオンには不利になるような弱点があるだけでなく、家の中にバアルの祭壇があったにもかかわらず、ギデオンは洞窟に隠れていた他の人と同じように怖気づきませんでした。更に酒ぶねは麦を打つのには相応しくはありませんでしたが、それでもギデオンは何かしなきゃいけないと思って行動をしました。そして神様はその念をみました。 怠け者は言い訳をする 最初から、神様が人を創ったときまず与えたのは「やること(役割・仕事)」でした。 「主なる神は人を連れて行ってエデンの園に置き、これを耕させ、これを守らせられた…そして主なる神は野のすべての獣と、空のすべての鳥とを土で造り、人のところへ連れてきて、彼がそれにどんな名をつけるかを見られた…」創世記2章15,19節 エデンの園と動物の名を決める役割はアダムにありました。働く意欲は神様が私たちに期待している徳の一つです。怠け者は常に言い訳を言っているからこそ神様には使われません。また、神様の人である限り、状況に満足してしまうような、怠け者の精神を持ってはいけません。苦しみに慣れて、天から解決(祝福)が来るのを待っていてはいけません。

5月31日:“ペンテコステ(五旬祭)の日”に参加してみて下さい

約2千年前、イエス様が十字架にかけられ、復活された後、「ペンテコステの日」のためにイエス様はエルサレムに留まるよう使徒に命じました(使徒行伝1章4節)。そこでは使徒たちが御子なる神様が与えた使命を始めるための聖霊降臨が行われる場所でした。使徒たちは従い実際にそうなりました。 「五旬祭の日が来て、一同が一つになって集まっていると、突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた。そして、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった。すると、一同は聖霊に満たされ、“霊”が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした。」使徒2章1-4節 世界中のユニバーサルで行われる“ペンテコステの日” 同じように今でも聖霊様は神様が子供たちに残した一番の「遺産」です。だからこそ世界中のユニバーサルで三位一体の三人目、聖霊様が来るための祈りが行われます。 当日聖なる都市エルサレムとつながります。世界で数多くある美しい都市の中で神様はエルサレムで御名を留めさせるために選びました。また、エルサレムは神様が救われている人々の為に準備した新しい都市の名でもあります。しかし当時、イエス様が十字架にかけらたばかりだったので、エルサレムは使徒たちが残るのには危険すぎる場所でした。それでも使徒たちは聖霊様を受ける為に残らなければいけませんでした。 そして、主イエスの使命は隠れたり、福音を延べ伝えたり、癒したり、悪魔を払ったりすることではなく、“ペンテコステの日”をただ待つことだけでした。聖霊様を受ければ、使命を続けることができるという話です。 同じように、使徒パウロもペンテコステの式に参加するためにエルサレムへ急いでいました。 さらに、ルカは使徒行伝の書で使徒がアジアで時間を無駄にしたくなかったことを書いています(使徒行伝20章13-16節)。 参加するには? 5月31日日曜日、午前7時・9時30分の集会で生配信される祈りに参加しましょう。 〒430-0923 静岡県浜松市中区北寺島町211-19 詳しくは、080-3219-4360にお電話ください。

人生を変えたいですか?では、こうしましょう…

経済面で多くの問題を抱え、人間関係でもすれ違いが起きているだけでなく、神様との関係にも発展が見れないような状況にいる人は、「何で何も変わらないの?」と思うでしょう。 答えは単純、いつとも変わらないことをし続けても何も変わらない、という事です。 「北」に向きなさい もしかしたら、あなたも同じような状況にいるかもしれません。変わりたいと思いつつも、変化が見れない…。詳しく知るために監督牧師は次の一節を用意しました。「あなたたちは既に久しくこの山地を巡った。北に向かって行きなさい。」申命記2章3節 ヘナト監督牧師曰く、多くの人はモーセの時代のへブル人と同じ生活をしていると言っています。くるくると同じ道を回っているのですが、神は私たちに「北」つまり、出口を向くように教えてくれています。 「文句ばかり言う人は通常、砂漠に留まるものです。当時の人々もひたすら同じ道を回っていただけでした。神はそんな彼らに『あなたたちは既に久しくこの山地を巡った。北に向かって行きなさい。』と言いました。つまり、私たちは多くの場合、人生の負の連鎖にはまり、とある状況をを巡り、何をしているのかに気付けなくなることがあります。同じような過ちを繰り返し、同じ行動を取りながらも違う結果を期待してしまうのではないでしょうか。よく考えてみて下さい。」とヘナト監督牧師が助言しています。 文句を言っても人生は変わらない なので、いくら文句を言っていても何の解決にはなりません。行動を起こし、これまで自分の人生をどう生きてきたのか考え直し、態度を変えないといけません。人生を変えるというのは犠牲が伴います。 「あらゆる変化は不便をもたらすものです。もし、何か変えたいけど嫌な思いを避けたいと思ってるなら、実際は変わろうと思ってません。変化は習慣やくせ、怠けている部分を乱しますが、違う行動をとれば、違う結果に満足できます。」と説明しました。

どのウイルスよりも残酷な病気

新型コロナウイルスのせいで世界中がパニックになっています。多くは感染して死ぬ事を恐れています。さらに経済状況にも影響が出てきているカオスの中で安心できる方法はあるのでしょうか? マセド監督牧師はこの状況だけでなく、どのような状況からも抜け出す秘訣を教えました。インスタグラムで投稿されたビデオの中で次の節を共有しました。 「…ダビデの子ヨセフ、恐れず妻マリアを迎え入れなさい。マリアの胎の子は聖霊によって宿ったのである。マリアは男の子を産む。その子をイエスと名付けなさい。この子は自分の民を罪から救うからである。」マタイ書1章20と21節 「今多くの人がパニックになっています。パニックや貧しい暮らし・地獄のような日々から免れるにはイエス様の御名を使わないといけません。これは神様の御名であり、地獄と悪魔を怯えさせます。この御名を使えば悪に耐えられ、信仰によって自分の権利を手にすることができます」とマセド監督牧師は言いました。 罪というウイルス 最後に監督は一つ付け加えました。どのウイルスよりも残酷な病気である罪について話しました。罪は身体を殺めるだけでなく、魂までも殺してしまいます。この病を完治する唯一の方法は間違いなく、主イエスの血です。 「いくら受けるべき立場ではないかもしれませんが、素直に御名を呼び、罪を認め助けを求めれば、イエス様はあなたを救い、すぐに解放されます」と終えました。

しがみつく程に

「私は、あなたのさとしを堅く守ります。主よ。どうか私をはずかしめないでください。」詩篇119篇31節 理解する限りに神様が残した誓いにしがみつきます。その誓いの言葉こそが過ちから私をそらせ、恥をかかずにすみます。 エステルブログより